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日本語教室風景 60年代 農場創設者・弓場勇と子供達 50年代

弓場農場日本語学校

 ユバ校の生徒数、今年は8歳から17歳までの8名で、3クラスの複式授業を行っています。その他に、毎朝8時〜10時まで幼稚園もやっています。こちらは、1歳半〜6歳までの3人です。農場内では生活用語として日本語を使用していますので、週2時間の授業は、主に読み書きを中心とした内容です。授業は、日常生活の中では養われにくい部分の補強を重点的に行うことで、全体的な日本語能力の向上を目指しています。

■学校概要

学校名
弓場農場日本語学校
学校名(ポルトガル語) Escola de Língua Japonesa Yuba
代表者名 小原 明子
住所 Bairro 1a Aliança, C.P. 531 Mirandópolis SP. CEP:16830-889
電話番号(fax共通)

(01518) 3708-1247

E-mail masayuba@itelefonica.com.br
運営団体 Associação Comunidade Yuba (代表:弓場 常雄)
教員数 3名 小原明子、矢崎正勝、高橋幸二郎 (弓場農場在住者)
生徒数 8名。 (他・幼稚園3名)
クラス数 3

■本校の歴史及び教育内容
 弓場農場で日本語教育が始まったのは、今から67年くらい前、1938年頃です。
 その年は、ナショナリズム台頭の煽りを受けて外国語新聞発行禁止、外国語学校全面閉鎖と言う法令が発布された年でした。しかし、弓場農場内では止めることなく続けられてきました。
 弓場農場の創設者・弓場勇の家族は1926年にこのアリアンサ移住地に入植し、ブラジルの処女地に新たな文化創造を、と言う弓場勇の理想に共鳴した仲間達と共に、1935年に農場が創設されました。そしてこの地で生まれ育った子供達に母国語の教育をと言うことから小さな日本語塾が誕生したのです。弓場勇は、「ここは一歩外へ出ればポルトガル語の世界だ、子供達は放っておいてもポルトガル語は自然に覚える。だが日本語は放っておいたら消えてしまう。」「文化の継承は、言語が継承されるなかで自然に受け継がれていくものだ」と農場内での生活用語として日本語の使用を徹底してきました。
 当時、子供達が通うブラジル学校は午前と午後の二部制でしたから、日本語の勉強は、朝組と昼組に分かれ食堂の一部を使って行われていました。
 下は6歳から上は16歳までと年齢はまちまちで、授業の様子は昔の寺子屋のようでした。弓場農場の日常会話は日本語なので、幼児たちはブラジル小学校に入学するまでに、ひらがなとカタカナの読み書きができるように指導します。しかし、ポルトガル語は殆ど知らず、幼稚園に入って初めてポルトガル語を習いますが、それほど苦労せずに両国語を覚えていきます。
 弓場農場日本語教室が1996年に日本語普及会に入り、弓場農場日本語学校と改名し、ノロエステ第三地区の一校として林間学校や体育祭、お話発表会や音楽祭などの行事にも参加するようになりました。
 しかし、ユバにおける子弟教育の根本には、幼児から年寄りまでが共生するという、共同生活を通じて学び体得していく生活教育が欠かすことの出来ないものとして大きく位置を占めています。 
 
■年間の主な行事
ノロエステ第三地区:低学年お話発表会・低学年林間学校・合同体育祭・硬筆力試し/ノロエステ全地区:高学年お話発表会・高学年林間学校/アリアンサ日語卓球大会/永田祭り/YUBA・クリスマスの集い

■授業内容
低学年、高学年ともに 週2回
低学年(6才〜12才)各60分授業
高学年(13才〜18才 男女別)各60分授業

 低学年:(A組)ブラジル小学校入学前の子供は主にひらがな、カタカナの読み方と書き方を中心に、カードなどを使って日本語を学びます。(B、C組)の子供達は、日本の教科書を使って、日常不足がちな読み書重視の勉強。他に、2日目の授業後半は学年に見合った単行本を選ばせて読書させる時間をもうけています。

 高学年:(D、E組)は、2名の教師が各一回別のカリキュラムで、漢字の言葉の読み書、文法や歴史、ペーパーテストなどの勉強を行っています。
 また、通常、学校教育の中で行われているような情操教育的文化活動(音楽、絵画、他にバレエ等)は、生活の中で別に時間をとって行っています。