第2の章 「ピラルクー」


アマゾンでピラニアの次に有名な魚と言えば、色々と意見が分かれる所であるが、私はピラルクーをお勧めする。有鱗魚では世界最大 4m 200Kgを越すと言われるアマゾンの帝王はやはり、有名であるべきである。と言うのがその理由である。

この魚は、魚のカテゴリーでは古代魚と言われるカテゴリーに入れられているように、大変形質的に古い魚である。1億年以上の太古よりアマゾンに生息しておられるようだが、それだけでも尋常ではない。アマゾンの主である。

我々は、一億年以上彼に生き残る環境を与えたアマゾンとそれに答え未だに太古よりその容姿を変えずに生存しているピラルクーに絶大な拍手を送らねばならない。が、彼にとって最大の悲劇だったのは、おいしいということであったのである。ピラルクーは、その容姿が古代魚と言うだけあり、まさに恐竜が地上に上がる前の前進であったころの魚に似ており、グロテスクであり、お世辞でもおいしそうには見えない。日本の鯉のぼりにも似ている。よって500年以前はおそらく原住民によってもあまり食されなかったものと思われる。それが、西暦1500年あたりに、ポルトガル人にこの魅惑の大自然大陸を見つけられてから、原住民とピラルクーの悲劇は始まるのである。それ以来ブラジルはポルトガルの植民地となる。

長い間海外に住んでいると、むしょうに故郷の食べ物が食べたくなることがある。ポルトガルは棒だらの国である。日本人が梅干が好きなように、彼らは棒鱈が好きらしい。私はあまりうまい物と思わないが、この広大なアマゾン流域を誇る魚の楽園の国において、一番高価な魚は、ポルトガルからの輸入物の棒鱈である。何とも情けない。

ポルトガル人が棒鱈をありがたがるのは理解出来るが、なぜ現在、世代交代してポルトガルにあまり縁のないブラジル人が棒鱈を求めるのかは理解できない。ポルトガルの陰謀である。

さて、このピラルクーだが、味が鱈に似ている。いきおい当時のポルトガル人に重宝されるようになり、乱獲が始まった。そして、その漁は今日まで続いている。

ピラルクーの肉は、そのオリジナルのポルトガル人が棒鱈にする製法がそのまま導入された。すなわち、干物にするのであり、その製法が主流を占める。よって多くのブラジル人は、ピラルクーの干し肉の味しか知らない。

ブラジルもアマゾン中流域の町マナウスぐらいまで行くと、ピラルクーの生肉が手に入る。

白身で、ちょっと独特の癖のあるその生肉は、しかし驚くほどおいしく、干物とは比べ物にならない。干物にするもう一つの理由は、ピラルクーが巨大であることである。1匹捕まえれば、100Kgを越す巨大魚である。どんなにがんばって食べても余ってしまう。おまけに肉が腐りやすい。解体しないと市場まで運べない。切り身にしてしまうと鮮度が落ちる。

ここにもう一つのピラルクーの悲劇がある。

せっかくおいしい生肉をその体に宿しながら、干物にしかされず、あまり美味しいと人から誉めてもらえない。にもかかわらず、結構高価な値段で取引される為、いつも漁師に狙われるのである。そんなに乱獲されれば絶滅の危機にさらされているのでは?と誰もが考える。事実、私は未だに4mのピラルクーを目撃したことはないし、市場に水揚げされるピラルクーのサイズは年々小さくなってきている。現在(2000年)マナウスに運ばれてくるピラルクーの平均サイズは1m前後である。

ブラジルのIBAMA(再生可能ブラジル天然資源院)ではこの状況に反応し、昨年ついに、ピラルクーの全面禁漁を開始した。が、日本の19倍もあるアマゾン流域をくまなく監視することは不可能であり、奥地の漁師はそんな法が制定された事すら知らない。町の市場では、隠してその肉を売っており、あるレストランでは堂々とメニューに載っている。

つまり、ピラルクー漁は今でも行われているのである。

では、ピラルクーは1億年以上も前から今までなぜ生き残ってこれたのか?ここにピラルクーの秘密があるのである。

いたって一般的理由は、鱗が硬い。である。

アマゾンは牙魚のオンパレードである。ピラニアを筆頭に、カッショーハと言われる犬魚、タライーラ(タイガーフィシュ)カンジュル(スケベ魚)などなど獰猛極まりない肉食魚、またワニなどもおり、善良な魚にとってはとてもすみ心地のいい場所ではない。ピラニアの歯をも通さぬ、鋼鉄の鎧はあったほうが良いのは言うまでもない。

次にピラルクーはマウス ブリーダーと言って口で子育てする。つまり、自分の子を他の肉食魚から守るのである。しかし、それだけで1億年以上も進化せず生き残っていくのは不可能に近い。では、その他の工夫とは?

実は超能力である。ピラルクーは大変警戒心が強く、漁師の気配を察知できる能力を持っている。少しでも物音を立てると、漁師の射程距離に入って来ない。よって、漁師が彼を狙う漁法は、延縄漁と突きしかない。釣りはどうしても糸より気配を察知されるので使われない。

そのような能力を持っているピラルクーも悲しいかな習性は変えられない。

漁師にその習性を知られてから、ピラルクーは今までの優位から不利な立場に立たされることになる。その習性とは、古代魚のなごりで肺呼吸をしに水面に上がってくる事と、独自の回遊コースを持つ事である。必ず同じコースを回遊するのである。

その習性を知っている漁師は、そのコースに延縄を仕掛けるか、もしくはそのコース上で気配を殺して待ち伏せる。そこにまんまと空気を吸いに上がったピラルクーの位置を見て、その後通るコースを推定。水面下は水の濁りで魚の姿は見えないが、漁師は突然今までアマゾンの枯れ木と化していたかの様な静から動に変わり、銛を何も見えない水面に突き刺す。この超能力を持っている魚も凄腕漁師の手によると、赤子の手をひねるも同然、あっけなく捕らえられてしまう。まさに神業である。

ブラジルの職業漁師は魚の習性を知っているだけでなく、超能力によって魚の気配が解るのである。アマゾンのようなジャングルで生活している者は、本人が気づかない内に大森林からの精気を吸収しており、その気が超能力を育てるのである。つまり、水が濁っていて常人には魚がみえなくとも、彼らには見えるのである。

こんな話をしても一般の人にはフンと鼻で笑われるが、この事は、ブラジル各地に職業漁師の友を持っている私が、実際に彼らと同行して漁を見せてもらい、現実にこの目で彼らの神業とも思える技を見てきているのだから間違いない。技術にはカベがある。どんなに達人になったとしてもそれには限界があるのである。

彼ら漁師達は、個人によってそれこそ大なり小なりの差こそあるが、そのほとんどがこの超能力を持っている。またそうでないと漁師などではとても食っていけないのである。

超能力で気配を察知するピラルクー、超能力で気配を消し去り、魚の気配を見抜く漁師どうも漁師に分がありそうである。

ピラルクーがこの先生き延びる為には、進化しなければならないのであろうか?

つづく

ヤマモト・チヒロ先生にお手紙を出そう!

yamakamo@interlins.com.br だよ!